2017-07-01

 

教室の引き戸を開けると、そこには先客がいた。

彼女は窓際から2列目の机の上に座り、浮かせた両足をぷらぷらさせながらぼんやりと黒板の方を眺めていた。彼女はぼくが入ってくるのに気づくと、教卓のそばの机まで歩くぼくを何の気なしに眺め、ぼくが彼女に向き合うようにして机に腰掛けるのを見届けてから、「君もここに来たの」というようにぼくの顔を見た。ぼくは2人共がこの教室に赴いた奇遇を口にしかけたが、そのセリフの陳腐さに気づいたところでやめた。

卒業式が終わった後の教室は、全てが物哀しく、全てが懐かしい。傾いた陽の光が窓から差し込み、薄暗い教室が柔らかいオレンジ色に染まる。みんなの荷物はどこにも残されていなかったが、黒板脇の掲示物や教室の後ろに貼られた文化祭の賞状はそのままだった。

きちんとボタンを留められた彼女のブレザーの胸に、卒業式前に生徒一人ひとりに渡されたコサージュは見当たらなかった。白い一輪の花をあしらったいかにも安物のそのコサージュは、胸のポケットに挿してもちゃんと正面を向いてくれず、ぼくが気がつくたびに左の方へと顔を向けているのだった。

卒業を話題にしたところで特に話すことはなかったので、ぼくは親しくしていた友人についてのエピソードを2つ、3つ話した。話す途中で、彼らが彼女と共通の知人ではないことに気づいたが、彼女はまるで彼らだけでなく、彼らについてぼくがどのように話すかまで知っているかのように、穏やかな笑みを浮かべて聞いてくれた。大学に入ってから知り合った彼女は、ぼくが話に挙げたぼくの友人たちを知らない。けれど、お互いを知ってさえいれば、それでいいのだった。

胸に挿した白い花のコサージュがいつの間にか無くなっているのに気づいたぼくは、彼女と話すのをやめて、体育館まで探しに戻ることにした。本当はもう少し教室に残って彼女と話していたかったが、白い花のコサージュを無くしたままにしておくわけにはいかなかった。コサージュを探しに戻る旨を彼女に伝えて、体育館まで戻ったけれど、体育館にも、体育館までの道にも、どこにもコサージュは落ちていなかった。ぼくは残念に思いながらも来た道を戻り、彼女が待つ教室へと向かった。

教室の引き戸は開いていた。教室のどこにも彼女はおらず、さっきまで教室を包んでいた優しい夕陽の光も、どこかへ消えてしまっていた。窓の外には白い曇り空が広がっていて、天然のセピア色を失った教室はただ薄暗く、がらんどうだった。ぼくは彼女を探しに教室を出たものの、彼女がどこに行ったのか、皆目見当もつかなかった。自分1人しかいない学校の中を歩き回るうちに、世界はどんどん現実感を失っていった。早歩きで廊下を進むぼくの心の中で、彼女を探さなければ、という焦りだけが大きくなっていく。どの教室にも彼女はいない。揺らぐ世界の中で、ほとんど飛び降りるようにして、ぼくは階段を降りた。

 

そこでぼくはまどろみから目を覚ました。ぼくのいる図書館の窓の外で、雨がぱらぱらと降っていた。